鯛飯

『鯛百珍料理秘密箱』とは?   『鯛百珍料理秘密箱』INDEX 


鯛飯のレシピ


鯛飯は、江戸時代の1785年に出版された『鯛百珍料理秘密箱』に掲載されている90番目のレシピである。『鯛百珍料理秘密箱』原文には以下のような説明がある。

【 鯛百珍料理秘密箱 】 下巻
一、鯛を三枚にをろし、ゆで候て、乾かし右ゆで湯に而めしを焚くなり。 米は大びね三年米か、六年米かを焚申候。 めしのふき候せつに。鯛をむしりて飯の上にをき。よくむまし釜もりにする也。器にうつせば。なまぐさけ出るゆへ也。汁は見合いにして。 少し陰葛を引也。かやくは何にても見合にすへし。


鯛百珍料理秘密箱

鯛百珍料理秘密箱:鯛飯の仕方


【 鯛飯 】
鯛を三枚におろし、ゆでて乾かし、鯛をゆでた湯で飯を炊く。
米は3年米か、6年米の大ひね(古米)を用いる。
飯が吹いてきたら、ゆでた鯛の身をむしって飯の上におく。
よく蒸す。
茶碗に盛ってから少し葛を薄く引いた汁をかける。
かやくはどのようなものを合わせて用いてよい。



レシピ解説

鯛飯は鯛の旨味を存分に味わうための料理であり、鯛の美味さを漏らさず味わおうとするところに狙いがあると思われる。それは鯛の身を贅沢に用いるだけでなく、鯛をゆでた、ゆで汁で飯を炊くところからも明らかである。

本来のレシピでは、鯛を三枚におろしたものを用いるが、この鯛は最終的にはむしって炊飯中の飯の上にのせるので、わたしは「鯛の頭」をこの鯛飯には用いるようにしている。


鯛の頭を用いる理由


鯛飯に、鯛の頭を用いるメリットの一つ目は出汁である。骨の多い頭をしっかりとゆでることで、鯛の旨味が汁に十分に引き出され、それで米を炊くと非常に良い味になる。身から出た出汁よりも、鯛の頭の方がより深い味わいが得られるのである。

鯛の頭は非常に安く売られており、食べれる所も少ない。それもあって頭を料理に使うことを敬遠される方もおられるかもしれないが、それは間違いである。なぜなら鯛の一番美味い所は頭だと言っても過言ではないからである。

稀代の食通として知られている西園寺公望も鯛の頭を好み、そのことを聞いた北大路魯山人も、西園寺公望について「たべものにはなかなかやかましい人だなということがわかる」と述べて高く評価している。魯山人の『西園寺公の食道楽』というエッセイでは、1932年5月28日付「東京朝日新聞」の記事を引用して、当時、5・15事件の後に、西園寺公望が駿河台にある東京邸に滞在していたときの食事について意見を述べている

「東京朝日新聞」1932年年5月28日付
園公滞京中、駿河台付近の人々の不思議がったのは、園公邸から時折田舎めいた煙の立ち上る事で、これは老公が松薪でたいた飯でなければ口にせぬからで、また魚屋などへの注文もたひの目玉だけとか、たひのわき腹一寸四方だけとか、おかぶ三銭とかいふ鳥のすり餌のやうな微妙な御注文なので、“光栄”とは感じながらも、いささか恐れいってゐたのは園公の駿河台経済戦線に及ぼした珍影響であった


魯山人はこの新聞記事に興味をもったようで、「鯛の目玉」「鯛の脇腹一寸四方」「おかぶ三銭」といった西園寺公望の所望する素材から、その食通ぶりを高く評価している。いつもならば辛口の魯山人が「鯛一尾のうちから、目玉と脇腹一寸四方とを食うということは、鯛の美味いところだけを確かに知っている人と言ってよい」とも述べている。

よって鯛の頭と、それに付いてくる脇腹(ヒレの辺り)は鯛の最も美味い部分であり、身をほぐして用いる鯛飯には、頭が最適の部位でもあると言えるのである。鯛の頭から身を取り出すのは大変だが、どうせ身の肉をつかってもほぐしたりむしってしまうのである。頭の肉でもむしってしまえば同じであり、そうした面倒さを上回る美味が確実に得られることは保証しても良い。細かな身とゼラチン質の分部を混ぜ込んで炊き込むならば、鯛飯はより美味なものとなるだろう。もちろんゴロっとした鯛の身の大きいところを味わいたい人は、鯛の身の分部を混ぜて用いても良い。

また「鯛の頭」を炊き込みに使うことは大きなメリットがある。そはれは「鯛の頭」によって良い出汁が取れるということである。身の分部だけをゆでて出汁を取ると、出汁に旨味は出るが、その分、身の旨味が失われてしまうことになる。結果、旨味が抜けた身を御飯にのせることになる。
これに対して「鯛の頭」であれば骨からも旨味が十分に出る為、より美味い出汁が得られることになる。また骨の中にある身もゆでることで取り出しやすくなり、ゼラチン質を含んだ旨味に富んだ部分を飯に混ぜて食べることが出来るようになる。

鯛の頭を使うときは下処理も大事で、きちんとぬめりを取っておくことや、また鯛の頭をザルに載せて上から熱湯をかけて生臭さを取っておくことも絶対に必要である。こうしたしっかりとした処理をすることで、繊細な鯛の旨味を邪魔する要素は取り除いておくのである。こうして取り出された鯛の汁は非常に良いものになり、この汁で御飯を炊くと確かに美味なものとなるだろう。


古米を用いる理由


鯛飯のレシピには「米は3年米か、6年米の古米を用いる」とある。この理由は、古米の方が乾燥が進み、出汁を吸い込んで御飯が炊けるというところにメリットがある為だろう。また鯛飯は最後に出汁をかけて食べるとある。このように汁気の多いのが鯛飯のレシピであるの、炊く米には新米のような水分やふっくらさは必要ないのである。

江戸時代は飢饉などによる対策として備蓄米がストックされていたが、そうした米を鯛と合わせる事でより美味く食べるための方法としても、鯛飯は非常に最適な調理方法だったと言える。


かけ汁について


炊き上がった鯛飯には汁をかけるとあるが、この汁がどのようなものかについて具体的には書かれていない。ただ「見合いにして」とあるので、ここから考えると鯛の身の入った炊けた飯に合うような出汁を準備する必要があることは確かである。
鯛からの出汁と、鯛の身で炊き込んだ御飯は繊細な味わいである。そこから考えるとかける汁の味も繊細な出汁であることが求められる。著者の器土堂主人が京の人物だった可能性を考えると、あまり味わいの濃くない繊細な旨味が味わえる一番出汁をここは合わせることにしておきたい。

また出汁は醤油を使いすぎないようにした方が良いだろう。繊細な鯛の旨味を邪魔しない為である。またこの料理は鯛を味わうための料理であるので、鰹節の味の効いた濃い出汁をかけると、その繊細さのバランスが失われてしまうように思う。よって京料理で取る一番出汁のようなものの方が、鯛飯にかける出汁としては最適であるように思われる。

またこの出汁には薄く葛を引いて、かすかなトロミをつけるということになっている。これは茶漬けのようにサラリと御飯を流し込むような食べ方でなく、鯛の具と出汁の染み込んだ飯の旨味、またその旨味を引き出すような出汁の旨味を味あわせるのに良い方法であると考えられる。ただあまりにもトロミがつき過ぎると、逆に繊細さを失った料理となってしまう恐れがあるので、薄く葛を引くというところは慎重にバランスを取る必要があるだろう。

織田信長とも面会したことがある、宣教師のルイス・フロイスは『ヨーロッパ文化と日本文化:Europa esta Provincia de Japao』 という本の中で、その戦国時代の日本人の食事を以下のように説明をしている。

われわれはスープが無くとも結構食事をできる。日本人は汁が無いと食事ができない。


日本人の主食は米であり、米を食べる為にはどうしても汁が必要だったのである。現代でも一汁三菜、あるいは一汁一菜といって、基本的には御飯に汁と御菜が付いたものを我々日本人は和食と定義して食べている。かつての日本人は米を一日に4〜5合は食べていたようで、当時は御菜の量は少なかった。また大量の米を食べるには、喉につかえるので、このことも御飯に汁が付いていることが必要だった理由であるとも考えられる。

鯛飯は、御飯と御菜と汁が一緒になっているので、それだけで完結している料理である。つまり一椀に一汁一菜が入っていると言っても良い。そう言ってしまうと何だか非常にざっくりとした、カツ丼や天丼、あるいは茶漬けのような江戸時代のファーストフードのようなものであったように捉えられてしまうかもしれない。しかし鯛飯というのは非常に繊細な料理であり、そうした繊細な味わいをどこまでしっかりと表現できるかがこの料理のポイントであるとわたしは考えている。そういう意味においても、鯛飯の調味の部分を負っている「かけ汁」の果たす役割も他と同様に非常に重要なのである。


かやくについて


鯛飯の仕上げにかやくを載せるが、かやくはどのようなものでも合うものを入れるとだけあり特に指定はされていない。鯛の赤みがあるので、対照色である緑ということで山椒の葉を入れるのは良いかもしれない。ただし最後にかやくとして盛るのために火をいれないのでネギは避けた方が良いかもしれない。

鯛飯のレシピでは、鯛の生臭さが出ないようにすることにかなり気を使っていることが読み取れる。例えば出すときにも、生臭さが出ないように茶碗ではなく、「良く蒸し釜もりにする」とある。生臭さが出ないようにしっかりと蒸すことと、蒸してからも少し時間を置くことで臭気を無くすというのがこの目的であるように思われる。

こうした点を考えると、かやくの果たす役割も、魚の生臭さを取り除くことを考えて選んでも良いかと思う。もちろん先ほどの山椒の葉も手のひらで叩いてから最後に上にそっと添える方法でも良い。あるいは針生姜を載せても良いだろう。ネギを避けた方が良いと言ったのは、この料理が生臭さを取り除くことに特に注意を払っているからである。かやくで魚の生臭さを消しても、ネギ特有の臭気が残ってしまうならば味の繊細さのバランスを壊すことになりかねないからである。いずれにしてもかやく、あるいは薬味としての役割を考えて配するべきであることは言うまでもない。

先ほどから生臭さを除くことについて言及してきたが、もちろん新鮮であれば新鮮な鯛であるほど、生臭さについては気にする必要はない。ただ新鮮な鯛でありながらも、それでもなおかつ、盛り付けや見栄えにおいてかやくを選ぶことも重要であることは述べておきたい。また針生姜のようなかやくによって味にアクセントを加えることもできるだろう。あるいは山椒であれば香りのアクセントによって食欲が増すようになるだろう。こうした鯛飯と細部との取り合わせにおいても、この料理は一層美味しく仕上げることが出来ることを念頭に置いておくと良い。


現代のレシピ


ここからはわたしのレシピも記しておきたい。例によって分量が云々というようなことを記すようなことはしない。この『美味求真』ではイデオム[idiom]を伝えることが大事で、固定された分量で料理というものは作るものではないと考えるからである。また『鯛百珍料理秘密箱』に沿った再現料理のレシピでもない。江戸時代の人の味覚と、現代人の味覚は違うし、味と言うものは基本的に時代によってめまぐるしく変化するものであるからである。よって美味い料理を作る事と、昔の料理を完全再現する事は全く違うものだからである。


鯛飯レシピ


鯛の頭の鱗を取り、滑りなどを洗って取る。
鯛の頭をザルにのせて熱湯をかけ臭みを取る。
 ↓
鯛の頭を茹でて、鯛の頭を別皿に取り分けておく。
汁は別にして取っておく。
 ↓
茹でた鯛の頭の肉をむしる。骨の奥まで細かく肉を取ると美味い。
鯛は目玉の周りのゼラチン質が美味いのでここも取っておく。
 ↓
鯛の出汁を入れて御飯を炊く。
この時に、鯛出汁に酒、みりん、醤油も入れて炊いておく。
 ↓
かけ汁を作っておく。
利尻昆布と、血合い抜きのカビ付き枯節で出汁をとる
出汁に塩と醤油を加えて味を整える。
葛で溶く用に冷めた出汁を少し取り分けておく。
 ↓
御飯が炊けたら、むしっておいた鯛の肉を入れて御飯に混ぜる。
すこし蒸らしてなじませ置いてから、茶碗に盛る。
 ↓
出汁を火にかけて温め、冷めた出汁で解いた葛を加える。
葛はかなり薄く引き、かなりかすかにトロミが付いた程度にする。
 ↓
茶碗に出汁を入れる。
 ↓
最後に山椒を叩いて香りを立たせる。
ご飯の上に山椒の葉を載せて出す。

以上が鯛飯のレシピである。ここでは先に説明したように鯛の頭を使ってあるが、身の部分を加えても良い。また、ご飯を炊くときには濃い色にならないように醤油の加減には注意する。
かけ汁は鯛の味を邪魔しないためにも繊細に仕上げるべきだろう。血合いの抜きの鰹節などを使うなどして、出汁は京風にした方が繊細さが出る。また同じ目的で昆布は日高よりも利尻昆布を使って出汁を引いた方が良いだろう。また葛も出汁の繊細さを失う事がないように薄く気を使いながら加える方が良い。
かやくは山椒の葉にしたが、色映えを意識するなら三葉でも良い。


面倒な人用のレシピ


鯛の切り身を適当な大きさに切る。
 ↓
炊飯器に米と水と鯛を入れる。
顆粒だし少々と、みりんと醤油と酒を入れて炊く。
 ↓
鍋で顆粒だしで出汁を作っておく。
 ↓
御飯が炊けたら少し蒸らす。
ご飯と鯛がほぐしながら混ぜて茶碗に取り分ける
 ↓
茶碗に出汁をかける。
 ↓
刻みネギか三葉を散らす。

面倒な手間をかけずに鯛飯を味わうレシピも掲載しておく。鯛ごと炊飯器で米を炊くだけで簡単に作る事ができる。またかけ出汁には葛を加える手間を省いてあるので、鯛出汁茶漬けのような感じである。ただ鯛でご飯を炊き混んであるので米に鯛の旨味があり、より鯛の味は楽しめると思う。
カジュアルなのでかやくは普通に冷蔵庫にあるもので良いだろう。この場合は繊細を追求する訳ではないので小ネギを載せても良いのではないか。また鯛出汁茶漬けのように、刻み海苔やワサビなどの薬味を使っても良いかもしれない。自由に気さくに江戸時代の鯛飯を味わって頂きたい。